入賞作品
第6回(2022年)の入賞作品
グランプリ 最優秀作品賞
三歳の息子が幼稚園に落ちた。名門幼稚園とか、熾烈なお受験がある園ではない。これまでも息子の発達に不安がなかったわけではないが、こんなにハッキリ断られるなんて。「指示が通りにくく集団生活が難しそう」「安全にお預かりできないと判断しました」ひとつひとつの声が刺さる。長い待ち時間を耐えた息子は、疲労と空腹で園の門の前で座り込んでしまった。私も一緒に座り込んでしまいたかったが、息子を抱きかかえ、家まで帰った。
家では夫と娘が待っていた。息子の双子の相方である娘は、早々に面接を終え先に帰っていた。家に一歩入った途端、私は号泣してしまった。子ども達の前で泣いてはいけない、と思うのに、止められなかった。
夫に「少し休みな」と言われ寝室に行く。すると息子が絵本を持ってついてきた。いつもは「ほんをよむ!」と私に読むよう促すのに、その日は息子が自分で声を出して読み始めた。
「いちごさんと」
「ぺこっ」
そして私の方へ向き、にっこり笑って
「いちごさん、だるまさん、ぺこっしたよ」と、たどたどしく言った。
11月初めの午後の日差しが差し込み、息子の笑顔は神々しかった。「めろんさん、だるまさん、ぎゅっしたよ」と、都度実況をはさみながら読み切った息子は、最後のページで誇らしげに「ピース!」と言って笑った。三歳すぎてもピースができない息子。でも懸命にピースしようと頑張っていて、愛おしくて、私はこの日はじめて心から笑顔になった。今日はよく頑張ったね。あなたがニコニコあなたらしく過ごせるところが見つかるといいな。ママ、頑張るね。一緒に頑張ろうね。
今、息子は療育に通いながら、来年度年中からの入園を目指している。ピースもできるようになった。写真を撮る時、息子が「ピース!」と言うたびに、私は「だるまさんと」の最後のページを思い描く。
いちごさん、ばななさん、めろんさん、だるまさん、ありがとう。
館長賞 さっちゃん賞
兄夫婦と同居していた母が、介護施設に入ったと、連絡をもらう。
まだまだ、元気で、しっかりしていると思っていたので、ショックだった。様子を見に行きたい、そう思ったが、コロナ禍で面会もできない。しかたなく、電話で様子を伺う。同じ施設内に住む人達とも、コミュニケーションが制限されており、ほぼ1日、ひとり部屋の中で過ごす日々だという。孤独で寂しいという、母の弱々しい声に、電話するたび、胸が締め付けられた。
ところがある日、電話をすると、母の声が、いつもと違って、明るい。
「お友達ができたの。やさしくて、いいひと。谷川オサムさんという方」
それはよかった。
「よく、人の話を聞いてくれるの」
「おとなしい方だけどね」
電話のたびに、オサムという人が、側にいるように、楽しそうに話す。
「いくつぐらい?お母さんより、年上?」
「さあね」
「どんな人?」
「ゴリラみたいなのウフフ」
「ゴリラ?それは楽しいわね、アハハ」
オサムさんという方が、絵本の中のゴリラだと解ったのは、しばらくしてからだ。施設の方に、聞いてみたのだ。
「谷川さん?あーあ、ゴリラの谷川オサムさんね。ええ、とっても、いい人ですよ」
それは、谷川俊太郎さんの「オサム」という絵本だったのだ。読んでみたら、ゴリラのオサムは、ホントに「いいひと」だった。でも特別な人ではない、「いいひと」なのだ。手紙を書いたり、お墓参りに行ったり、つつましい日常を、優しい心で、生きている。どこか、亡き父に似ている気もした。ありがとう、オサム。私も、心の中に、あなたを住まわせ生きたい。
笑顔賞
駅の片隅のATMの前で順番待ちをしている時、一人の青年が話し掛けてきました。
「僕を覚えていますか?」
青年の年頃は、息子と同じ30歳前後。私は息子の友達の顔を思い巡らしましたが、重なりません。戸惑っている私を察した青年が、続けて言いました。
「今も鑑別所に行ってるのですか?」
かすかに微笑んだ青年の言葉は、予想だにしなかったものでした。
少年鑑別所の学習支援に月に2回ほど通って、15年になります。少年の多くは学校を休みがちであったり、授業についていけず、勉強に苦手意識を持っています。そんな彼らに、数学や国語や社会など基礎的なことを教えるのです。初めは気怠そうにしていた少年が、問題が解けると素直に喜びます。ほぼ1回きりの向き合いであり、目の前の青年も私の記憶にありませんでした。
「ごめんなさい、思い出せなくて。でも声を掛けてくれて、とっても嬉しいわ」
「『100万回生きたねこ』、よかったです」
青年は満面の笑みで一礼して、去りました。
学習支援の半ばに必ずはさむ『100万回生きたねこ』の読み聞かせ。青年が心に抱き続けていることに、私は深く感動しました。鑑別所の少年の大半は家庭に恵まれず、ふとしたきっかけで悪事に走っています。犯した非行を見つめさせる鑑別所で、罪の意識から劣等感に苛まれてもいるでしょう。
『100万回生きたねこ』の猫は、何回も死にます。何回も生き返ります。死ぬのなんか平気な見栄っ張りの猫が、愛する相手を得て初めて生き続けたいと願います。愛する相手を亡くして初めて泣き、その後、自身も生き返ることはありません。
『100万回生きたねこ』は、あの青年の更生の支えとなったに違いありません。しっかり生きている姿を見せてくれた青年は、私にさわやかな風を吹き込んでくれたのでした。
元気が湧く賞
「お母さん、今日はこの本がいい。」
息子が物心ついてから小学生になるまで、寝る前に毎晩、ふとんで絵本を1冊読んでいた。読み終わると息子をひとりで寝かせ、私は家事に戻る。家にある本には飽きてしまい、週末に図書館へ行き、本を10冊借りて、日替わりでそれらを読んでいた。息子が大きくなるにつれて本の文字数も増え、読むのに時間がかかるようになった。
わが家には介護の必要な、息子より6歳年上の娘がいる。娘の調子が悪かったり、何かの用事で私が家事に追われたりしていると、あまり読書時間が取れない夜もあった。
そんな時は決まって、彼はとっておきの一冊を持ってくる。私との本読みが無いのは彼も納得できないらしく、少しでも読んで欲しがる。この時間だけは、母親を独り占めできるからだろう。
『コロちゃんはどこ?』という、見開きのページに「コロちゃんはどこ?」としか書かれていない、しかけ絵本。もう犬のコロちゃんがどこに隠れているのか、息子は知り尽くしている。私が「コロちゃんはどこ?」という前から、さっと指を差し、どんどんとページをめくる。
「お母さん、ごめんね。早くお姉ちゃんのとこへいってあげてね。」とでも言っているかのように。私との読書時間を欲しながらも遠慮する息子が、とても愛しかった。
ある夜、私は『コロちゃんはどこ?』を持ってきて、「今日は、ゆっくりと読んであげるね。」と息子に笑った。息子は、不思議そうに頷く。
「あるところに、かんくんという、かわいくて賢いワンちゃんがいました。」
「え?僕のこと?かんくんって僕のことだよね。」
目をキラキラさせて息子が喜ぶ。そこからは、私の創作の時間。息子を主人公にして、家の中でかくれんぼをしている母と子の物語が始まる。最後にコロちゃんを見つけたシーンで、ギューッと息子を抱きしめると、息子も私に抱きついた。
私は泣きそうになった。
息子との読書時間が必要なのは、実は私の方だったようだ。
絆賞
昨年末、久しぶりに息子が帰省した。沖縄から東京の大学に進学し、就職先も東京を選んだ。新卒入社したIT関連会社を年度内で計画通りに辞め、新しい会社へ転職するという。
本棚をながめていた息子は絵本『もぐらとずぼん』を取り出していた。「読んでほしい本を1冊持っておいで」と言うと、この絵本を選んでいたなと、うっすら思いだした。もう20年以上前のことである。
絵本を手にした息子が思いがけないことを口にした。
「俺、この絵本読んで洋服がとても好きになった。洋服に関係する仕事をしたいと思ったんだよ。」「大好きだなこの絵本。東京に持っていこうかな」と。
洋服が好きなのは知っていた。でもこの本がきっかけだったとは27年間知らなかった。
絵本『もぐらとずぼん』は、もぐらが偶然見かけた青い大きなポケットのついたずぼんがどうしても欲しくなり、手に入れるまでのお話である。
どうやってずぼんを手に入れるのか、もぐらにはわからない。自然界の小さな生き物達がそれぞれの得意分野を生かしてもぐらに協力する。布があれば「えびがに」が裁断してあげると言う。もぐらは布作りのために「あま」という植物から糸を作り、布を織り、様々な工程を経てやっとずぼんを手に入れる。最後に、青い大きなポケットのついたずぼんを履くもぐらの姿が嬉しくなるお話だ。多くの優しさと協力のおかげでできた青いずぼん。息子も、とても羨ましがっていたっけ。
私は、読み返えそうと絵本を探したが見当たらない。息子には「もう古くなっているから新しく買ったらいいよ。」と話したはずなのに、どうやら東京に持っていったようだ。
実は今、彼は転職に失敗してリハビリ中。東京での一人暮らしに余裕はない。
『もぐらとずぼん』夢をつかむまで持ってていいよ。大事にね。応援してるよ。